セミナーブレーン
HOME 講師派遣 講演会企画運営 研修・人材派遣 業務案内 お問い合わせ
講師派遣
スポーツ・健康 経営・ビジネス 経済・金融 政治・内外情勢 文化・教養 1 2 3 4
よろこびを力に・・・
〜東京からはじめよう! 次のステージへ向けて〜
有森 裕子  (ありもり ゆうこ)  オリンピック女子マラソンメダリスト
1966年岡山県生まれ。日本体育大学卒業後、潟潟Nルート入社。92年バルセロナ五輪で銀メダル、96年アトランタ五輪で銅メダルを獲得。98年、「スポーツを通じて希望と勇気を分かち合う」ことを目的としたNPO法人「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表理事就任。10年、国際オリンピック委員会女性スポーツ賞を日本人として初めて受賞。同年カンボジア王国ノロドム国王陛下より、ロイヤル・モニサラポン勲章大十字架を受章。
主な著書「やめたくなったら、こう考える」「フルマラソンで4時間切る」
指導の原点は人間教育にあり
〜2020東京五輪への挑戦〜
飯島 健二郎  (いいじま けんじろう)  トライアスロン日本代表監督
1959年、東京都生まれ。1982年、日本大学付属第二高等学校の教員として赴任。 野球部顧問として、甲子園に出場しベスト16に進出。86年、プロトライアスリート第1号として活動を始める。チームケンズ(プロチーム)を結成、多くのトップ選手を輩出。
2000年、シドニーオリンピック・トライアスロン代表監督、04年、アテネオリンピック・トライアスロン女子ヘッドコーチに就任。08年、北京オリンピックにて指導する井出樹里氏を日本人初の5位入賞に導く。講演では、飯島氏自身が選手時代、培った経験から、現在、指導者として世界に通用する選手育成法の真髄を語る。 
私とゴルフ
〜いつまでも若く楽しく〜
生駒 佳与子  (いこま かよこ)  プロゴルファー
1960年埼玉県熊谷市出身。中学1年からゴルフを始め、77年全日本ジュニア優勝。79年に蒲生ゴルフクラブ入社。同年プロテストに合格。80年、賞金ランキング26位となり日本プロスポーツ会議新人賞受賞。初優勝は85年北海道オープンであるが、89年慢性腎炎によるドクターストップがかかり以後は、コンディションを整えながらトーナメント出場。NHKテレビ趣味悠々シリーズ「中高年のためのゴルフが生きがい」では、金井清一プロとのコンビで好評を得る。現在はトーナメント解説、日本女子プロゴルフ協会会員として活躍中。
ストレス社会を生きる
〜ストレスコントロールと自己管理〜
石井 苗子  (いしい みつこ)  女優・ヘルスケアカウンセラー
東京都出身。高校卒業後、単身渡米。ボランティア活動をしながらワシントン州立大学で学ぶ。帰国後、上智大学に編入。88年「CBSドキュメント」初代女性キャスターとしてマスコミデビュー。93年に「週刊地球テレビ」キャスターとなる。90年には故伊丹十三監督の推挙で映画「あげまん」に準主役で出演し、女優としても活躍。97年聖路加看護大学に学士入学し看護学を専攻。08年に保険学博士号を取得。高齢社会における介護・福祉・生涯学習・ボランティアのあり方・地球環境問題など、グローバルな視点から幅広く活躍している。
笑ってよ、北極点
和泉 雅子  (いずみ まさこ)  女優・冒険家
東京都生まれ。10歳で劇団若草に入団、14歳で日活に入社し多くの映画に出演。浦山桐郎監督の「非行少女」に主演し、その演技力が認められ、エランドール新人賞、モスクワ映画祭金賞を受賞し、一躍スターとなる。その後、活躍の場をTVと舞台に移し青春スターとして多くのドラマに出演。83年にTVドキュメンタリー取材で南極に行き自然の雄大さに魅せられ、以後、毎年2回以上、北極の旅を続け、89年に日本人女性として初めて北極点到達に成功した。
主な著書「ハローオーロラ」「マコさん北極を行く」「笑ってよ、北極点」
“心”の健康づくり 〜元気になるための処方箋〜
海原 純子  (うみはら じゅんこ)  医学博士白鴎大学教授
1976年東京慈恵医大学卒業。同大学内科助手、慈恵会医科大学第一病理の講師を経て、1984年、東京の青山に女性ための心と体の健康管理に、ストレスマネージメントをふまえた「海原メディカルクリニック」を開設し、女性の健康問題を中心に診療にあたる。本のタイトルでもある「こころの格差社会」は、コミュニケーション不全がすべてのゆがみのもとであり、幸せや満足感を得ようとする間違った自己実現欲求に犯された日本社会。凶悪犯罪の多発、ひきこもりや熟年離婚、IT長者の光と影など、ゆがんだ現代社会で、本当に自分らしく生きる方法について語る。
出逢いめぐり逢い
〜多重ガン、笑顔で撃退中!〜
大空 眞弓  (おおぞら まゆみ)  女優
東洋音楽高校卒業後に新東宝入社。近江俊郎監督の「坊っちゃん天国」でデビュー。その後フリーになる。1998年に告知された乳がんに始まり2度の胃がん、2003年に食道がんと,約5年で4度も体験。4度にわたる、がん早期発見→処置の繰り返しを「モグラ叩き」と呼ぶなど天性の明るさで乗り切る様子は、多くの人に勇気を与える。また自らの“多重がん”の日々を『大空真弓、「多重がん」撃退中!』(大谷克弥、大野秀樹監修)でも告白。
壁を乗り越えて 〜岩の下にも3年〜
尾川 智子  (おがわ ともこ)  プロフリークライマー
1978年生まれ。早稲田大学理工学部物理学科卒業。日本人女性初のプロフリークライマー。
宇宙飛行士を目指し入学したが、在学時の2000年、友人に誘われた国体山岳競技で2位を獲得し、自身の可能性を見出す。03年、06年のASIAN X−gamesで優勝。競技歴わずか3年でアジアのトップに上り詰める。07年からはフィールドを自然の岩場に移し、高難度の岩に挑戦。08年には、日本人女性初となる難度V12を達成。しかしその記録では満足できず、09年秋から女性では前人未到の難度V14の岩に挑み始める。数ミリ単位で指や足の位置を研究し続け、ついに2012年10月に完登。その名を世界に轟かせる。同年、世界で最も活躍くしたクライマーに贈られるGolden Piton賞受賞。
次に晴れればそれでいい
荻原 次晴  (おぎわら つぎはる)  スポーツキャスター
1969年群馬県生まれ。早稲田大学人間科学部卒業。幼少の頃から双子の兄・健司と共にスキーを始め、2人で切磋琢磨しノルディック複合で日本を代表する選手となる。94年からワールドカップ参戦。98年長野オリンピックでは個人6位、兄・健司と共に団体5位入賞を果たす。オリンピック終了後引退。現在はウインタースポーツ普及をライフワークとし、講演やスポーツキャスターとして、メディアで活躍。又、選手であった経験を活かし、ノルディックのツアーを自らプロデュース。さわやかでウィットに富む人柄が幅広い層からの支持を受けている。
七転び八起き 〜私の相撲人生〜
〜私の相撲人生〜
尾車 浩一  (おぐるま こういち)  元・関脇琴風
1957年三重県生まれ。71年、14才で中学生力士として初土俵をふみ、角界でのスタートをきる。78年1月場所で20歳8ケ月(大相撲史上4番目の年少記録)で関脇昇進する。しかし同年11月場所で左膝じん帯断裂の重傷を負い休場。長期入院、幕下30枚目まで番付を下げる。その後、不屈の闘志と精神力で怪我を克服し、80年1月場所では再入幕、5月場所に奇跡のカムバックを果たすが大関目前の7月場所には、再度の大怪我で休場。左膝のじん帯断裂、半月板損傷となり当時は再起不能とささやかれた。しかし厳しいリハビリを繰り返し1年がかりで土俵へ復帰。
相撲の世界―国技から学ぶ、教育・人材育成のヒント
尾崎 勇気  (おざき ゆうき)  元関脇隆乃若
1976年長崎県生まれ。92年鳴門部屋入門。
現役時代は大柄な体格を生かし、2003年には最高位・関脇まで昇格。大関を期待されたが、故障により2007年の秋場所で惜しまれつつ引退。
現役引退後は、タレントに転身し、「とくダネ!」「ワイドスクランブル」「スーパーモーニング」等でゲストコメンテーターや、スポーツキャスターとしても活躍中。相撲界という厳格な縦社会、なかでも教育の厳しさで有名な鳴戸部屋で16年間力士として活躍してきた経験より、相撲の世界や魅力を語ります。
私のゴルフ人生
〜目標を達成するために〜
金井 清一  (かない せいいち)  プロゴルファー
1940年生まれ。サラリーマン生活の後、25歳でプロテスト合格。国内外で通算34勝を達成する。93年から4年連続でシニアツアー賞金王の座を獲得する。72年日本プロ選手権にて尾崎将司氏と競り合い初優勝したものの、尾崎選手の圧倒的なパワーゴルフに対抗していくため、東海大学運動生理学の田中誠一先生に師事し数十年にわたりトレーニングの指導を受ける。正しいトレーニングがケガに強い体をつくり、体力的に劣る選手が強者にどのように挑んでいくか、どう戦うかを金井流理論で語る。
主な著書「金井清一の基本ゴルフ」「金井清一のワンポイントゴルフレッスン」
1 2 3 4

経営・ビジネス 経済・金融 政治・内外情勢 文化・教養
(C) 2007 SEMINAR BRAIN KYOKAI CO.,Ltd
E-mail.info@seminar-brain.jp